贋作 桜の森の満開の下
こんばんは。
蒸し暑い一日でした。
歌舞伎座公演はあと8日です。
来週の観劇をとても楽しみにしています。
きっとますます進化しているはずです。
先日、三部の「野田版 桜の森の満開の下」を拝見し、
野田さんが’夢の遊眠社’時代に上演した「贋作 桜の森の満開の下」に
とても興味が湧きました。
ある方のblogで、それがニコニコ動画で見ることができると知り、
昨日から仕事の合間に観続けていました。
1992年の映像のようで、
そうであれば1989年初演が好評で再演された時の舞台です。
歌舞伎版を観た後だからか、
お芝居の内容や言葉が耳慣れていてびっくり(笑)
ものすごい集中力で見てしまった。
このお芝居を歌舞伎にしたい、歌舞伎で見たい。。
という声が上がったのが私なりにわかりました。
歌舞伎的要素もたくさんあるし、
和の音を重ねたらどうなるだろう。。とか、
自然と考えながら観てしまっていました。
画像が荒いまま観たので、色彩などがよくわからなかったのですが、
今回の歌舞伎座の舞台は何倍もバージョンアップしていて美しいです。
歌舞伎の様式美に納得です。
現代劇でなく、歌舞伎で再現すると
こんなにも美しい世界観になるのだとわかりました。
当時の野田さんの身体能力がすごい。
体操選手かと思うくらい軽やかに飛んだり跳ねたり(笑)
勘九郎さんの耳男とは印象が違い、
どこか奇妙でアーティスティックで。。
うろたえてるけど、強さの奥に冷たさもあるような。
勘九郎さんの印象は、
優しくて憂いがあり親しみやすかった。
夜長姫の毬谷さんの存在感が圧倒的でした。
高低の声を使い分けるのですね。
七之助さんは女方だからしているのかと思っていたのですが、
毬谷さんの声の変化も魅力的でした。
女方の役者さんがすることで、
神秘性が増すのかな。。という印象です。
毬谷さんより、七之助さんのほうが’人で非ざるもの’感を感じます。
歌舞伎の女方を見慣れていると、
お芝居を観ながら’女性なのではないか’と思ってしまう時があるけど、
こうして同じ役で比べると全く違うのを改めて実感します。
女性のほうが生々しい。
映像のラストシーンを見て、
ほぼ今回と同じなことに感動しました。
毬谷さんが海老反りをしていたのもびっくりです。
振り向いたら鬼の面を付けているところなど、
七之助さんと同じくらい鮮やかでした。
それでもやはり勘九郎さん七之助さんが演じるビジュアルのほうが美しい。
歌舞伎贔屓目で申し訳ないし、当時を生で観ていたら違うかもしれません。
立ち姿や所作の一つ一つ、そこから繋がる衣装や道具、背景の美。
勘三郎さんに見て欲しかったと心から思いました。
全体的に野田版のほうが美しいのは、
幼い頃からその環境で育ってきた歌舞伎役者さんたちならでは。
舞台上の一人一人の動きのどこを切り取っても綺麗。
映像ではセリフが超スピーディ(笑)
舞台を一度観ていたので聞き取れました。
勘九郎さんたちの方がゆっくりなことがわかります。
今回、セリフ自体はほぼ変わっていないそうですが、
七五調に変えたということでしたので、
無意識に聞き取りやすかったのかも。
映像を見ると、
言葉がスラスラ進んでいっちゃう印象です。
七五調だから、歌舞伎役者がしているから、歌舞伎。
そうは簡単には思わないけど、映像を観たら、
’これは歌舞伎’と思った初見は変わらないと思いました。
歌舞伎の技巧、精神、そして役者。
圧倒的なそれらを感じて、
私なんかが言うのはおこがましいのですが。。
舞台を観ながら心が歌舞伎と思うのです。
歌舞伎座で上演することに意義があったとも。
もう一回観るので、また違ったことを感じると思います。
楽しみが増えました。
映像を観ることできてよかったです。
有難うございました。
aya。
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