奴道成寺。

こんばんは。


今月も無事に過ごすことができました。

有難うございます。


姪と過ごしながら「梅ごよみ」ごっこ(笑)

劇中の菊之助さん勘九郎さんお互いの呼び方をマネてみました。

仇吉を’あ’の字、米八を’よ’の字。


私は’あ’の字、姪は’し’の字。

江戸っ子芸者らしく、威勢よく呼び合って遊んでました。

意外と面白かったです(笑)



さて、私は4月歌舞伎座で「奴道成寺」がかかると知った時から、

湧き上がってくる想いがありました。


2012年12月新橋演舞場で、三津五郎さんの奴道成寺を拝見しました。


この月の5日に勘三郎さんが鬼籍に入りました。

その後、初めて観た歌舞伎がこの時でした。

三津五郎さんが躍るのをしっかり応援しなければ。。

と思ったのを覚えています。


観ているうちにだんだんと客席が熱を帯び、

集中して、楽しい空間になっていくのを感じました。

三津五郎さんの踊りが楽しくて楽しくて。

特に三つ面と言われる、三つのお面を使う場面は盛り上がりました。


応援しに行こうと思ったのに、元気をいただいてしまいました。


4月の「奴道成寺」はその時以来に拝見することになります。

それが猿之助さんだなんて、私的には何だかご縁を感じます。


奴道成寺は舞踊劇で「京鹿子娘道成寺」のパロディです。

最初に白拍子花子として現れた女性が、実は男性の狂言師の左近。


だから女踊りと男踊りの両方を観る側は楽しむことができます。

女形、立役を兼ル猿之助さんにぴったりです。


大和屋さんが代々踊っていますが、

おもだか屋のお家芸でもあり、先代も本興行でかなり踊っているようです。


「三代猿之助四十八撰」の華果十曲の内の一曲です。

(華果とは三代目の俳名です)


拝読しているblog「木挽町日緑」で、

昭和55年歌舞伎座の筋書にある三代目の聞き書きの紹介がありました。


「「奴道成寺」は曽祖父初代猿之助が明治期に復活したものです。

私のは藤間勘十郎師が新しく振付して下さったので、

 ほかの方々とはだいぶ違っています。 


従来は二枚目半だったのが私のは純二枚目で、

華麗と軽妙がミックスされています。


三つ面のくだりは相当手がこんでいますが、 

ここは後見が演者と一体で活躍いたします。

 後見の動きをよくご覧頂きとう存じます。 

振り鼓もほかの方はなさらず、派手な仕上がりになっています。」 


そしてblog主は、

おそらく三代目の型を四代目も踊るのではないか。。と。


この聞き書きは三代目を知らない私でも「らしいなぁ。。」と思いました。


猿之助さんの三つの面をとっかえひっかえ踊るのを

見覚えがあると思ったら、「金幣猿島郡」の所作事双面の場面でした。


この所作事はまさに奴道成寺でした。

そこに鶴屋南北チックな怨念の合体がプラスされ、

さらにおもだかエキスが加わりすごいことになっています。


4月「奴道成寺」に続けて5月大阪の「金幣猿島郡」って偶然なのかな(笑)

続けて観るととっても面白いと思います。

この文章を書きながら、自分が一番大阪に行きたくなっている(笑)

見比べるのも醍醐味ですよね。



踊りの神様、名手と言われる方々が躍ってきた奴道成寺。

猿之助さんで拝見できるのが楽しみで仕方ありません。


あの広い歌舞伎座で華麗に軽やかに、

そして鮮やかに舞う姿を妄想中。。


どんな気分で打ち出しになるのだろう。

楽しみです。




aya。

aya's lounge

歌舞伎に出合って 何だか人生変わりました。

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